〜もしも、こんな○○シリーズ〜 Case 魏エンド(桂花)




 それはある夜のお話。まだ大陸が魏によって納められる前、桂花の部屋から始まる。
「さっさと出て行きなさいよこの馬鹿ぁ!」
 その日も、猫耳頭巾の少女は怒っていた。それは、別段普段と変わり無い出来事。
「お、おいちょっと待てって」
 部屋の入り口へと逃げながら一刀が宥めようとする。
「誰があんたに喋ることを許可したのよ!」
「お、おい、ちょっとは俺の話をだな」
「うるさい、うるさい! さっさと居なくなりなさいよ!」
 何かを言おうとする一刀に桂花は枕を投げつける。一刀はそれを軽く体を動かすことで
避け、扉に手を伸ばす。
「はは、わかったよ。じゃあな桂花…………最後くら……駄目……俺は」
 空笑いをしながら退室する一刀が、最後に何かを呟いたようだが、桂花には聞き取るこ
とができなかった。
「え? ちょ、ちょっと何よ! はっきり言いなさいよ」
 最後の部分が気になり、一刀を追いかけようと部屋を出るが、そこに彼の姿はもう無か
った。
「なんなのよ……あいつ」
「あら? どうしたの?」
「華琳さま!?」
 思わずぼやく桂花の背後から声を掛けてきた人物の方を向くとそこには、華琳がいた。
「どうしたの桂花?」
「か、華琳さま、やっぱり私には無理です。あの男と共に一日過ごすなんて」
 実は、この日、主である華琳よりひとつの命令を受けていた。それは、一刀共に一日過
ごすというものだった。
 桂花は何度も華琳に直訴し、取りやめて貰おうとした。しかし、彼女の願いは聞き入れ
られず一日過ごすことになったのだった。
 実際のところ、彼女たちは普段通りの関係のまま共に過ごした。もっとも、桂花は恥ず
かしさを主とした様々な感情から、何度も一刀に罵声を浴びせたりしてはいたのだが。
 つい先程も、今日一日と言われたのだから、日付が変わるまでは共にいるという一刀の
発言に、よからぬことを想像してしまった。
 しかし、一刀は眠るまで見守ってるだけだからと、桂花に手を出す気がないことを暗に
告げてきた。一刀との対比で、何だか自分がいやらしい女に思え、恥ずかしさと何故かこ
み上げる怒りによって、彼をつい追い払ってしまったのだった……。

 そんな一日のことを思い出しつつ、桂花は身を強張らせて罰を覚悟した。
 それと同時に、華琳が言葉を返してきた。
「……本気?」
「えぇ、もちろんです」
 何故か聞き返してくる華琳を不思議に思いながらも桂花は強気に返す。すると、
「そう……貴方がそう言うなら、まぁ、いいわ」
「え? か、華琳さま?」
 軽くため息をつき、伏し目がちに桂花に一瞥をくれるとすぐ、振り返り立ち去る。
「…………」
 徐々に小さくなっていく華琳の背を見ながら、桂花は、いつの間にか、自分がどこか不
安を覚えていることに気付いた。



 その日から、間もなくだった。運命の日が訪れたのは。



 それは、月の綺麗な夜だった。まるで曹孟徳の率いる曹魏が大陸を平定したことを祝っ
ているようだと桂花は思った。だが、それも、会場から離れた場所にいた一刀の姿を見て
消し飛んでしまう。

 空を見上げ、どこか切なげな表情を浮かべる一刀。それを見た桂花の胸に、一刀と一日
過ごした日の最後に感じた不安が再来する。
 慌てて近寄り、一刀を問いただした。それに答える一刀はどこか透き通った雰囲気を漂
わせ続けている。
 そして、それがただの雰囲気でないことを一刀の言葉で理解してしまう。
 一刀は、これからすぐに消えてしまうという。
 一体どうなるのかは一刀自身にも明確な答えがないらしい。
 そして、一刀が言うには、それは、本来の世界の流れに逆らった代償なのだそうだ。
 だが、その話を聞いても彼女は納得出来ていなかった。
 そう、代償で一刀が消えなくてはいけないという事実をである。
 一刀の話が事実であることは桂花の中で確信となっていた。なぜなら、現在、彼女の前
にいる一刀の体は既に薄く消え始めていたのだから。
「そ、そんな……何とかならないの?」
「あぁ、残念だけど無理みたいだ」
「あ、あんた……」
「結局、最後まで怒らせちまったな。ごめん」
 顔を俯かせ、声を震わせる桂花の様子を見て、一刀は怒っていると思ったようだ。もち
ろん、そうではない。今、桂花の中では様々な感情が入り乱れている。恐怖、怒り、悲し
み、悔しさ……そして、愛しさ。それらがごちゃごちゃになり桂花の心を、体を震え上が
らせていただけなのだ。
「ち、ちがっ」
 誤解をときたい、桂花はそう思った。
 その意志を伝えるため、首を横に振ろうとする。けれども、実際には夜風に当たって震
えているかのようにただふるふると小刻みに動くだけだった。
 ならばと、否定の言葉を告げようとする。しかし、彼女の体は凍り付いたかのように動
かない……。
「それじゃ、さよなら。桂花……みんなを、華琳を頼む」
「あ、あ……ま、」
 もどかしいほどに口が動かない。伝えたい言葉があるのに、たった一言なのに。


 そして、桂花がまともに言葉を口に出来ぬまま、一刀の姿は完全に消えた。それを見た
桂花から、言葉が失われる。

 そして、辺りは、沈黙に支配された。


 その沈黙も長くは続かなかった。夜の闇に、僅かな声が響き始めたから。
「……さい」
 嗚咽混じりになってしまい言葉がはっきりと発せられない。
「ぐすっ……さ、い」
 辺りに聞こえる唯一の音、場には只、桂花の声だけが漂い続ける。
「ごめん……い、ご……んな……い」
 嗚咽など構わず言葉を口から放ち続ける。何度も何度も続ける。
 その声量は徐々に大きくなり、最後には叫びと化していた。
「ごめんなさい!」
 桂花は今まで一刀に言えなかった言葉を叫んだ。何かと一刀に罵声をあびせたこと、ひ
どい扱いをしたこと、そして―――自分が消えることを分かっていたであろう彼に居なく
なれと言ってしまったことに対して―――。

「……ごめん……ぐずっ……な、さい」

 今更になって出てくる言葉に後悔を抱く桂花。ようやく素直になってもその言葉はもう
彼には届かない。
 本当は好きだった一刀には……。


 そして……猫にも似た一つの影、その慟哭を夜空に浮かぶ月だけが聞いていた。




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