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 「無じる真√N04」




 公孫賛に拾われた翌日、一刀はその城の主である公孫賛に玉座の間へと呼ばれていた。
 公孫賛に指示されたとおりに一刀が玉座の間へ入ると、そこには部屋の主であり一刀を呼び出した当人でもある公孫賛と趙雲がいた。
「来たな北郷。さっそくお前の扱いについて話そうと思ってな」
「なるほど、それで呼ばれたわけか」
「あぁ、うちも別に裕福なわけではないからな。ただ置いておくというのは、他の者たちに示しがつかないんだよ」
「まぁ、そりゃそうだろう。世話になっている以上何かしらで還元しないとな」
 それはかつて一刀がいた"外史"にて彼の身によくしみ込む程には体験し、実感してきた。
(働かざるもの食うべからずというのが当たり前なんだよな、この世界では……)
 どんなことでもいい、何かをしなければ生きる術に辿り着けない……そんな世界なのだ、今いるのは。一刀は公孫賛との会話で改めてそのことの確認を行うことができた。
 一刀が入ってきてから未だ口を開いていなかった趙雲が感心したような口調で一刀に語りかけてきた。
「よくわかっておいでですな。天の世界でもやはりそうだったのですかな?」
「いや、俺が元々いた世界ではある一定の年齢を超えるまでそういうことを考えなきゃならないってことは滅多になかったかな」
「なるほど、どうやら平和な世界だったようですな」
「まぁ、少なくとも俺の周りは平和だったよ。争い自体は、あったけど離れた場所でのことだから実感もなかった」
 そう、一刀が"元々"いた世界……それはこことは時代自体が違った。
 それは平和な世界、そして時代だった。多くの人間からすれば戦争など他人事、一刀を含め若者たちは学校へ通い様々なことを学んでいた……それだけ安全に囲まれた世界だった。そして、それはある時まで続いていた。
(そういえば……あいつは元気なんだろうか……及川)
 かつての友人――もう会うこともないであろう存在。そんな懐かしいことを考えつつ一刀は言葉を付け加える。
「ただ……俺にはそんな経験があっただけだよ」
 正直、"元々"いた世界に関しての記憶は意外と多くは出てこなかった。
 それよりも一刀が生きるために色んなコトをした前の"外史"に関することのほうが記憶として多く残っている。
(もしかしたら、戦乱の世を駆け抜けたときの記憶が強烈すぎたってことなのかもな……)
 かつての自分を懐かしみ、感慨にふける一刀を特に気にせず公孫賛が口を開いた。
「なるほど、まぁ以前の話はまた別の機会に訊かせてもらうとして、本題に移ろう」
「わかった。それで結局のところ俺はどういった扱いになったんだ?」
「それなんだがな……取りあえず客将という扱いにさせてもうことになった」
「取りあえず?」
「あぁ、北郷の働きを見て、本格的な扱いを決めることになったんだ。」
「俺の働きを見る?」
「あぁ、私としては北郷を信用するにたる人間だと思ってるのだが他の者たちがな……」
「まぁ、そりゃそうだろうな」
「ちなみに、私も信用できると思っておりますぞ」
 一刀と公孫賛の会話を黙って聞いていた趙雲がくすりと笑いながらそう告げる。
「ありがとう、趙雲」
「まぁ、そういった理由からしばらくは様子見ということになったわけだ」
「なるほどな。で? 俺はなにをすればいいんだ?」
 かつての外史では内政面、軍略面において一刀を支える軍師を務めた女の子を筆頭とした知に長けたものたち、軍を組織したときからずっと共にいた少女のような武に秀でたものたちによって多少鍛えられたことを思い出す一刀。
 武については、いまだからっきしではあるものの頭を使う仕事に関しては多少こなすことが出来るだろうと、一刀は自負していた。
「そうだな……まだ、北郷がどの程度の能力を有しているのかわからないからな。おそらくは雑用が主になるだろうな」
「雑用か。内容は特に決まってはいないのか?」
「そうだ。基本的には自分で探してもらうことになるだろう」
「わかった。自分なりにやれることを探してみるよ」
 正直、自分で思っていたよりも重要な役回りではなかったため少し拍子抜けしたが、すぐにそれでも十分だ、と一刀は思った。
「おや、それで満足なのですかな? 北郷殿は」
「あぁ、最初のうちはそれもしょうがないだろ」
 不思議そうに訊ねる趙雲に一刀は笑顔で答えた。一刀は悟りを含めた表情でそれに一言付け加える。
「なんというかさ、"ささいなことからでも学べるものっていうのは割とあるだろ?」
「ふむ、確かにそれは正論。北郷殿は良い心がけをしておりますな」
(これも、あの世界で"みんな"に教えてもらったことだよ……)
 趙雲の反応に微笑を浮かべながらも一刀は内心で昔を思い出していた。
「話は以上だ。あと、しばらく趙雲と共に行動してもらうぞ」
「それはまた、どうして?」
「城内の案内が必要だろうということだ。それと……」
 そこで公孫賛が淀んだ。彼女の態度を見れば、一刀にも答えを予想することは十分可能だった。
「俺の監視……というわけか」
「あぁ……そのとおりだ。すまない」
「気にしないでくれよ。それが公孫賛の本意じゃないっていうのはわかってるからさ」
「そうか、本当にすまないな」
「いや、二人が俺を信じてくれるように俺も二人を信じてるから気にしないでくれ」
「おや、二人というと私もですかな?」
 一刀の言葉を聞き逃せなかったらしい趙雲が聞き返す。
 何故、当たり前のことを訊くのだろうと思いながら一刀は口を開いた。
「そのつもりだけど、違ったかな?」
 そう告げたところで一刀は、さすがにまだ信頼を得てないのかな、と思った。
 そんな一刀にわずかに微笑みかけながら趙雲が答えを口にする。
「いえ、そのようなことはありませぬよ。ただ、少々驚いただけです」
「そうか……よかった」
 趙雲の返答に一刀は思わず内心でほっと安堵のため息をついた。
「ただ、北郷殿に対して、目を光らせ続けはしますが」
「え? なんで?」
「さぁ? 何故でしょうな……ふふ」
 一刀が驚いて趙雲の方を見る。彼女はただ面白そうに微笑むだけだった。
(まぁ、目を離して俺がどこかに行ってしまうっていうのも困るからだろうな)
 仕方なく一刀が内心でそう結論づけたとのと、公孫賛が口を開いたのは同時だった。
「これで、話は終わりだ。北郷、今日の内に城内を見ておくといい」
「あぁ、わかったよ。ありがとう」
「それでは、私もこれにて」
「あぁ、それじゃあ」
 公孫賛に軽く手を挙げながら別れの挨拶をすると一刀は扉へと向かう。その後ろに趙雲が続いた。そして、二人は退室した。

 廊下へ出たところで趙雲が一刀に質問を投げかけた。
「さて、北郷殿。まずは、どこから行きますかな?」
「そうだな、ならまずは――」
 行きたい場所を趙雲に告げ、一刀は彼女に従い城内を案内してもらった。ちなみに、一刀は書庫、厨房、中庭、修練場など城の中の設備を中心に見ることにした。
 本当は街も見たいと思ったのだが、しばらくは外出許可をもらえないらしい。
(やっぱ、公孫賛の部下たちの信用を得ないと難しいかな……)
 そんなことを一刀が思っていると、街への外出が一刀には許されていないということを説明していた趙雲が興味深げに一刀に質問をした。
「ふむ、北郷殿は街が御所望ですかな?」
「ん? まぁ、一目見ておきたいとは思ったかな」
「ならば、抜け出そうとお考えか?」
「いや、それはまったく考えてないよ」
「おや、そうなのですか? 私ならば、誰にも気づかれることなく抜け出す方法くらいは知っておりますが?」
 そう訊ねる趙雲に苦笑しつつ一刀は首を振る。
「いや、誰かに気づかれるとか気づかれないとかじゃないんだ。"今の環境"が壊れる可能性のあることは、できるだけしたくないんだよ」
「それは、どういうことですかな?」
「あぁ。おそらくなんだけど、この城内にいるほとんどの人たちは俺を置いておくことをよしとしてない」
「えぇ、おそらく北郷殿の考え通りでしょう」
「だろ。それでさ、公孫賛はそんな反対の声を押し切ったりと無理をしたりしてまで俺を保護してくれた。その厚意を無為にしちまう可能性のあることなんて、俺にはできないよ」
「ふふ……つまりは伯珪殿のためと…」
「そうだな、それに監視の趙雲にも迷惑はかけたくないからな」
「そこまで、お考えか……いやはや、我が予想を裏切りますな、北郷殿は」
 一刀は、趙雲が意外だというような顔をするかと思った。しかし、彼女はどちらかというと予想が当たったというようであり、それでいてどこか嬉しそうに微笑んでいた。
(そんなにわかりやすいのか俺は……)
 わずかに落ち込みそうになるのを堪え一刀は更に言葉を続ける。
「まぁ、それもあくまで"今の環境"だからだけどな」
「では、現状が変わったら抜け出すと?」
「まぁ、この城にいる人たちの信頼を得られるようになったら……そんな環境を手にできたときは気分転換にでもやるだろうな。バレても、怒られる程度だろうし」
 趙雲にそう語りながら一刀は照れくさそうに、そして愉快そうに笑う。
「だからさ……その時は、秘密の抜け道の件よろしくな」
「くっくく……」
「ん?」
「あっははは、くく……ははは」
「え?」
 唐突に笑い出した趙雲に驚く一刀。
「面白いう御仁だ、他者を気遣い尊重する真面目な発言をしたかと思いきや、今度は、仕事を抜ける不真面目な発言とは……ふふ」
 徐々に笑いを押さえながらも趙雲は愉快そうな声色で告げた。そして、そんな様子のまま彼女は一刀をじっと見つめる。
「まったくもって不思議ですな、北郷殿は」
「そんなことは無いさ。他者を気遣ってあげられる程、俺は善人じゃない。仕事を抜け出すのと一緒なだけさ。ただ自分のしたいようにしようと思ってるだけなんだよ」
「つまりは、ご自分の願望を叶えているだけであると?」
「あぁ、俺自身が負担をかけるのに耐えられないっていうのが理由だからな」
 頬を掻きながらそう答える一刀に趙雲がぽかんとした表情をする。
「そ、それは、気遣いとは違うのですかな?」
「まぁ人から見れば趙雲の言うとおりなのかもしれない……だけど、俺自身はそれをただの自己満足だと思ってる。だから……多分違うんだと思うけど……でも、うぅん」
 そう、自分が誰かの負担になってしまうことが嫌だという思い。それはあの"外史"でも思っていたことである、
 だからこそ、ここではそのあたりにもっと気をつけていきたい。そう一刀は内心で決意したのだ。ただそれだけのことなのだ。
(とはいえ他人からすればそう見えるわけだし、気遣いなのだろうかこれは……いや…でもなぁ)
 未だ結論が出ず頭を捻り続ける一刀を見ながら趙雲が笑みを零す。
「ふふ……まぁ、そういうことにしておきましょう」
 一刀が悩むのを止めるように、趙雲が含みある微笑を浮かべたままそう告げた。
「ところで、規則を破らずに街が見れるとしたら、北郷殿はいかがいたしますかな?」
「それなら、見たいかな……いや、見たい!」
「わかりました、ならばとっておきの場所へご案内するといたしましょう」
「い、いいのか?」
「えぇ、特別ですぞ」
 そう言って片目を瞬かせると、趙雲は歩き始めた。一瞬呆気にとられた一刀は我に返るとすぐに彼女の後を追った。

 頬を風が撫でる。一刀がそれを心地よく感じていると趙雲が口を開いた。
「さぁ、ここからなら街が見えますぞ」
「おぉ……すげぇ」
 一刀の口から簡単の言葉が漏れる。理由は、現在二人が立っている場所にあった。そこは、城壁の上。それよりも高みに位置する鐘桜……の屋根の上だった。
 もちろん、そこには手すりのようなものなどあるわけも無い。昔の一刀であれば膝が震え体中をぶるぶると震えさせていただろう。
 だが、かつて場所は違えど目の前にいる趙雲と同じ姿をした"彼女"に連れてきてもらったことのある一刀にはたいした恐怖が訪れることはなかった。
 いや、正直ちょっと怖さはある。足を踏み外して落下すればただでは済まないのだからそれはしょうがない。
 それでも表情だけは平然としている一刀に趙雲が声をかける。
「おや、北郷殿は高いところは平気なのですかな?」
「いや、そういう程度の話じゃないと思うぞ、この高さは……」
「ふふっ、どうやら完全に大丈夫というわけではないようですな」
「まぁな、情けないけど少し怖さはあるよ」
「いえ、それだけ軽口が言えるならば十分でしょう」
「はは……趙雲にそう言ってもらえるなら、そう思えてくる気がするな」
「えぇ、信用してくださってかまいませんよ」
「あぁ、そうさせてもらうよ」
 趙雲は苦笑いしたままそう答える一刀を微笑ましげな表情で見ると口を開いた。
「さて、用件は街を見ることでしたな。ならばこちらへ」
 そう言って趙雲は一刀の手を掴み引き寄せる。そして、助けを借りながら一刀は趙雲の隣に足をついた。
 それと同時に趙雲が動く。
「お、おい……」
「おや、どうかしましたかな?」
「わかってやってるだろ」
 不満気にそう告げる一刀。その躰を背後から抱きしめるように両腕でがっちりと捕まえている趙雲が首を傾げる。
「私は、ただ北郷殿が落ちないようにとしているだけですが?」
「いや、背中に……こう、ね、当たってるんだよ……」
「なにがですかな?ふふ……」
「やっぱり、わかってるだろ……はぁっ……あんまり感心しないぞ、そういうの」
 それだけ言うと一刀はしょうがないといった諦めの表情を浮かべ、すぐに顔を綻ばせ爽やかな笑みを浮かべた。
「まったく……それじゃあしっかり抑えていてくれよ」
「しかと引き受けた……ふふ」
 趙雲の拘束を剥がすのをすっかり諦めた一刀は街へと視線を向けた。
 そこには広大な景色が広がっていた。長く連なる家々、中には店があり人が集まっている。また、道があちらこちらに交差しながら通っている。
 その上がたくさんの人間が歩いている。中には道ばたで店を開く露天商を覗く者もいる。他にも表情は見えないが楽しそうに駆け回る子供の姿が見えた。
「しかし、ここからの眺めはすごいな……」
 一刀は、かつての"外史"でも似た光景を見たことがあった。だが、それでも感動した――どころではなく感慨無量となった。
「ふふ、それはそうでしょうな。それで、屋根と比べるといかがですかな?」
「あぁ……全然違うな。なんて言うか、街のほとんどを見渡すことができるな」
「えぇ、また、その中には、多くの人が生き続けております」
「そして、その人の数だけ生活、人生が存在する……か」
「えぇ、しっかりとその目に焼き付けておいてくだされ」
「もちろんだ、これだけの数の人生を背負っている公孫賛……俺は、俺なりに彼女を支える存在になりたいと思う」
「ふふ……なかなかに良き答えですな」
「趙雲も誰かを支えられるようになれるといいな……」
「そうですな……私も支えるべき者を早く決めるべきかもしれませんな」
「……まぁ、満足いく相手を見つけることだな」
 一刀がそう告げると趙雲が不思議そうな声で聞き返す。
「おや、お誘いにはならないのですか?」
「はは、まさか。第一、これは本人が決めるべきことだろ。違うか?」
「いえ、仰るとおりです……ふふ」
「まぁ、趙雲なら見つけられるさ」
「……意外と早く決まるやもしれません」
「そうか……」
(あの時は、俺のもとについていたがこの世界では誰につくのだろう? もしかしたら、まだ見ぬ英傑の元へ……)
 そんなことを考えていると趙雲が優しく微笑んだ。
「そのような顔をなさるな、別に私は消えませぬよ……」
「え?あ、いや……悪い。そうだよな、すぐってわけじゃないんだもんな」
 そこまで言われて一刀は自分がわずかに表情を曇らせていたことに気づく。どうやら、いつか来る趙雲との別れを寂しく思ってしまったのが顔に出たらしい。
「……ふふ」
「なんだよ、笑うこと無いだろ」
「いえ、そういうわけではないのですが……」
「え?」
「おっと、これ以上は言うわけにはいきませんな」
「……わかったよ。無理には訊かないさ」
「時期が来れば、お話しますゆえそれまでお待ちくだされ」
「あぁ、期待しないで待ってるよ」
 その後も内心で考えてみたのだが、結局一刀には彼女が何に対し笑っていたのか答えを出すことは出来なかった。

 しばらく二人して街をじっと見つめ続けている内にときがすぎた。
 そして、街から視線を外したところで趙雲が一刀に語りかける。
「それで、街を見たいと仰った理由はそれだけですかな?」
「あっ、やっぱり気づいてた?」
「それは、もちろん」
「そっか……実は街を見て少しでも案を思いつきたかったんだ」
「それはまた何故ですかな?」
「いや、今日一日あちこち見せてもらっただろ。そのときに結構公孫賛を見かける確立が高かったなと思ってさ」
「ふむ、確かにそうですな」
「それはさ……きっと、公孫賛一人が軍事から内政までの管理をやってるからなんだと思うんだ」
 一刀自身、太守というものを務めたことがあった。そして、そのときの経験から気づいたことを述べる。
「太守ってのは、仲間がそれぞれ得意な分野で活躍してくれれば自ずとその分野に関してその仲間に頼るようになる」
 趙雲は口を挟まず沈黙を続けている。一刀の話を聞くことに専念しているのだろう。
「だけど、太守自身の能力が仲間より秀でている場合は最終的に太守頼りとなってしまう……そうなると太守に負担が集まることになる」
 そこまで言うと一刀は一呼吸入れる。
「それでさ。少なくともこの城を見た限り、公孫賛より秀でた人材というのは趙雲くらいだなと俺は思ったんだ。まぁ、あくまで今日一日の公孫賛の動きから予想したってだけなんだけどな」
 この日あちこち見て回っていた一刀は、軍事関連の場、内政関連の場などの重要な要所要所で公孫賛を見かけていた。
 そして、そのことから導き出した予測が今言ったとおりのことだった。一刀はその考えを言ってから一つ気になった。趙雲はどうとらえているのだろうか、と。
 そんな一刀の疑問を察したのか趙雲が口を開いた。
「ふむ、なかなか良い観察眼をお持ちのようですな」
「そうか? そんなにすごくはないと思うぞ」
「いえ、普通の者は通りかかっただけの場所をそこまでは見ていないものでしょう」
「いや、それはいたのが公孫賛だったから目に入っただけだよ」
「なるほど、北郷殿は女性にはすぐ目がいくとわけですか」
「まぁ、かわいかったり綺麗だったりしたら、つい――じゃなくて!」
「おや、違っておりますかな?」
「いや、確かにそれもあるんだよな――いやいや、そうじゃなくて、太守である公孫賛がいたからだよ!」
 乗せられそうになりながらも一刀はツッコミを入れる。
「まぁ、その二つであると……そういうことにしておきましょう」
「そういうことって……がくっ」
 最後まで意見を変えない趙雲に一刀は肩を落とした。
(だめだ。やっぱこの人にはかなわない……)
「まぁ、それらを見ただけでそこまでの結論に達することができたのですから北郷殿はそれなりに頭が切れるようですな」
「うーん、俺はそんなに頭良くないんだけどなぁ……」
 かつての"外史"でもまるっきり駄目だったと一刀は思う。いつも軍師や年上で経験豊かな女性に頼っていたのだからそれも仕方なかった。
「確かに、敵にした場合に脅威となるかは微妙なところでしょう」
 趙雲の評価に、あぁやっぱりな、という感想を一刀が抱くのに重なるように趙雲が言葉を付け加える。
「ただ、味方であれば思わぬ力になりうるだけのものはあると思いますぞ。まぁ、今私にわかるのは北郷殿の考える力に関してだけですが……」
「なるほどな……」
 趙雲の話を聞いた一刀は顎に手を添えて考える。
(考える力か……きっと、それは俺が元々この時代の人間じゃないからなのかもな)
 だから、この世界の人と考え方が違う。そして、他の人に見えないものが見えてくるのかもしれないと一刀は思う。
 実際、かつての"外史"ではそうだった。
「それで、未来の英傑殿よ。街を見ましたが、なにか案は思いつきましたかな?」
「案か……悪いけど、今すぐには思いつかないな。できれば後で言いたいんだけど……だめかな?」
「いえ、思いついたときでよろしいですよ」
「わかった。思いついたら報告させてもらうよ。ただ……」
「ただ?」
 まだ言葉を続けようとする一刀を趙雲が訝るように見つめる。
「公孫賛たちにそれを言うのなら俺の名前は出さないでくれないかな?」
「ふむ、なんとなくではありますがお考えはわかります。ですので、まぁよろしいですよ」
 そう答える趙雲の言葉にはどこか不満気な様子が伺えた。それに一刀が苦笑を浮かべていると、趙雲が質問を投げかけてくる。
「よろしいのですが、案の出所はいかがいたすべきですかな?」
「あぁ、それなんだけど。もしよかったら趙雲の案としてくれないか?」
「私の?」
「あぁ、趙雲が悪い案だと判断したら俺に突っ返してくれればいい。ただ、良い案だと思ったら、そのまま趙雲の手柄としてくれ」
「それで、よろしいので?」
「俺の考え、わかってるんだろ。なら訊くのは野暮ってもんじゃないか?」
「確かに……仰るとおりですな」
「まぁ、そういうわけで頼むよ」
「えぇ、その時には……」
「さて、俺もそろそろ自分のやることを考えたいし、自室に戻るよ」
「では、送っていきましょう」
「わざわざ、悪いな」
「いえ、では行きましょうか。北郷殿」
 そう言いながら趙雲は鐘桜の屋根から一刀を下ろすため彼の手を握った。
 一刀は、彼女の手をしっかりと握り返した。

 こうして、北郷一刀がこの国で過ごす新たな生活が本格的に始まるのだった。




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