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 「無じる真√N05」




 現在、一刀は街の中を歩きながらある人物を探していた。
「まったく、どこいったんだ?」
 それは、本来一刀が一緒に街を回らなければならないはずの人物だった。
 ちなみに、一刀が街で人を探しまわっているのには理由がある。それは一刀の過ごしてきた日々に関係していた。

 †

 公孫賛のもとで世話になり始めた当初は厨房の買出しや書庫の整理をしたり侍女の変わりに荷物持ちをしたりと雑用を黙々とこなしていた。
 しかし、徐々にだが山賊やら盗賊やらを退治しにいく趙雲についていったり文官たちが話し合いを行っている席へ呼ばれ参加したりなど一刀の立ち位置は代わり始めた。
「徐々に認めてもらえてきてるってことなのかな……」
 ただ、それらの回数自体は多いわけではなかった。そして、比較的最近の仕事として与えられているものが街の警邏の手伝いだった。
 そして、この巡回に一刀が参加する切欠となったのは少し前に一刀自身が考えた治安強化案だった。その案にそって新たな態勢が作られたのだ。
 それは、屯所の数やその間隔、配置などを趙雲おすすめの場所から街全体を何度も見て思ったことに、一刀が学生をしていたころの世界で得ていた知識と前の"外史"で学んだことを合わせて考えたものだった。
 そして、それを趙雲に補強してもらったうえで提出してもらった。
 その案が少し前に採用され、その際公孫賛に『作成した本人がしばらく見守ってやってくれないか?』と言われたのだ。
 そういった経緯を経て、一刀は警邏隊の手伝いをしていた。
 ちなみに、警邏に参加する際は趙雲と共に回ることとなっていた。

 そして現在、一刀は一人で街にいるわけなのだがそれは決して警邏の開始当初からだったわけではない。
 途中で、一刀が目を離した隙に趙雲が姿をくらましたのだ。とはいっても、今回までの警邏でも、突然姿を消すということはあった。そして、一刀はその度に街中を探しまわるはめになっていた。
 そんな経験もあって、一刀は趙雲の行き先についてある程度の予測はできていた。
(まぁ、おおよそ露店か屋台ってところだな……)
 今まで警邏中に消えたときも趙雲はメンマを取り扱う露店や屋台にいた。
 趙雲いわく、『新しいメンマ取扱店を見つけたので調査をしておりました』とのことらしい。
 最初の頃は、後で行けばいいだろと思い一刀がそう告げたところ。
『その時に見ずにおいて後回しにしたとして、その間に何らかの理由で店が街から消えてしまい訪れることができなかったら責任を取っていだだけるのですかな?』
 と、至って真剣な表情で言われ一刀は止めさせるのを断念したのだった。

 †

 そんな昔のことを思い出しながら一刀は辺りを見回す。そうしないと見逃してしまう可能性もあるからだ。
 第一、どんな店にいそうかはわかってはいても、新しい店など一刀にすぐ探せるはずもないわけで、結局は街中を探して回るはめになるのが常だった。
「まったく、どこいったんだ……趙雲。俺一人じゃ心許ないことこの上ないっていうのに……はぁ」
「おや、御遣いの旦那じゃねぇですか」
 顔を曇らせながら歩く一刀に飯店の店主が威勢の良い声で話しかけてきた。
「よぉ、おっちゃん」
「もうすぐお昼ですが、うちでどうです?」
「んーそうしたいのは、やまやまなんだけど仕事中なんだよなぁ……そうだな、後でよらせてもらうことにしようかな」
「かしこまりました。それじゃあ、後ほど」
「あぁ。それじゃあ、またあとで」
 少し話した後に飯店の店主に別れを告げ一刀は再び趙雲の捜索に戻るために再び道を歩き始める。
「しっかし、人が多いな……」
 最近になって流浪の民がこの国へと流れてくることが多くなったらしい。
 その理由というのがまた、一刀の考案した治安強化策にあるという話だった。
 その案を実際に導入したことで治安が強化され、民衆が寄り付きやすくなったということだった。人が集まり栄え始めてきた……それは一刀にとっても喜ばしいことだった。
(これで、今以上に徴兵率も上がるだろうな)
 本心としては、流れ着いた人たちに兵になってもらうのは心苦しい。だが、今の内に兵を集めておかなければ後々苦しくなることを一刀は知っていた。だからこそ、どうしてもそこに気がいってしまうのだ。
 そんな一刀の苦悩を余所に公孫賛、そして何故か一刀に対しても民衆たちが期待を強めていた。
(まぁ、だからこそ俺もこの国の人たちのために出きることとして警邏への参加をしているわけだけどな……)
 一つのことを考えはじめると、次々と別件が思考へと流れ込み一刀はすっかり考え事に集中してしまっていた。
「速く、速く! あんまり遅いと置いていっちゃうのだー!」
「危ないんだから、あんまり走っちゃだめだよぉ」
「だいじょーぶなのだ!」
 もの思いにふけったままの一刀の耳に女の子同士の会話が聞こえてきた。
 そう思った瞬間。
「うわっ!?」
「にゃっ!?」
 躰に衝撃が走ったと思うやいなや躰がよろけ、地面に尻餅をついた。どうやら声の主とぶつかってしまったようだ。一刀は地面に座り込んだところでようやくそれに気がついた。
 したたかに打ち付けた腰をさすりながら一刀は相手の安否を確認する。
「いつつ……大丈夫だったか?」
「大丈夫なのだ……あっ!?」
 一刀がぶつかった相手は、背はそんなに高くなく幼さの残る女の子だった。
 桃色に近い色をした髪につけられた虎のような髪飾りが特徴的だった。その女の子が一刀と同じように地面にへたり込んでいた。
 一刀の問いかけに女の子は元気良く返事をしたのだが、すぐに何かに気づいたような素振りを見せた。
「ん?」
「もぉー! だから言ったでしょ。あの、どうもすみませんでした」
 一刀が何かと思い聞き返そうとすると、地に座ったままの二人の元へもう一人のいた少女が近づいてきた。
「いや、俺もぼけっとしてたんだ。こちらこそ、ごめんな」
 謝罪の言葉を述べてきた少女にそう答えながら、一刀は女の子の保護者なのかな、なんてことを考えていた。
 女の子の方は明るく元気な感じでかわいらしいと思ったが、こちらもこちらで利発そうでかわいい。少女はさらさらとした桃色の長髪をしており、額にかかる部分をわずかにかき上げながら一刀の顔をのぞき込んでいる。
 緑と白を基調とした服。その色合いが一刀にはどこかで見たものに似ている気がした。
 だが、なによりも先に一刀の視線を奪ったのはまるで自らの存在を主張するかのように盛り上がる二つの山だった。もちろん、今はそこから視線を逸らしている。
「でも……」
「うぅー!」
 少女が続けて喋ろうとするのを遮るように女の子がうめき声を上げた。
 その声に一刀と少女は顔を向けた。
「どうしたの?」
「どうしたんだ?」
「うぅ、に、に……」
「に?」
 わなわなと躰を震わせながら呟く女の子に二人の声が重なる。
「肉まんがぁ、食べれなくなってしまったのだ!」
 両手を振りかざした女の子の叫びに従って傍を見てみると、確かに落下した衝撃でぼろぼろになってしまった肉まんがあった。
(あちゃあ……これは酷いな……)
 ぼろぼろの肉まんと半泣き状態の女の子を交互にみながら一刀は頭を掻く。原因の一部が自分にあるため心が痛むのだ。
「……え、えーと」
「ちょ、ちょっと声が大きいよ!」
 少女の言葉で我に返った一刀は周りを見る。女の子の叫びによって周りにいた者たちの視線が一斉に一刀たちへ注がれていた。
「ほらほら、なんでもないから。気にしないでくれよ」
「え、えぇと……すみません、すみません」
 取りあえず、見ている人たちが集まって野次馬になるのも困るため、一刀と少女は必死に注意を逸らそうと努めた。
「まぁ、御遣い様だし……」
「あの人なら……ねぇ?」
「なんだ、いつものことか」
 二人の必死さとは裏腹に周りにいた者たちは皆、一刀の顔を見たとたんに興味をそがれたように日常へと戻った。
「ちょっ、なにその反応!?」
 そんな人々の反応に一刀だけが不満を抱いていた。
(というか、いつものこととか俺だしってなに? なんなんだぁー!)
 そう心の中で叫ぶことによって気を沈めはしたが、不満は残る。そのあまった不満を一刀はぼやくことで外へと吐きだす。
「まったく、俺のことをなんだと思ってるんだよ……」
「……くすくす」
 そんな一刀を見ながら少女が笑う。
「おいおい、俺は笑い事じゃないんだけどな……」
「いいじゃないですか、みなさんに好かれてる証拠だと思いますよ」
「そうかなぁ?」
「ですよ……ふふ」
 二人の間に和やかな雰囲気が漂いかける。だが、それを破るように地を這うような声が二人の耳へ届いた。
「うぅ……うぅ」
 未だだめになった肉まんを見つめる女の子。それが申し訳なくて一刀はどうしたものかと考えながら声をかける。
「そういえば、君の肉まんが台無しになったんだっけ」
「うぅ……そうなのだ」
「でもそれは、前をよく見ないで走ってたのがいけなかったんだよ。それにちゃんと注意したでしょ」
「そのとおりだとは……思うのだ……でも、これでお昼が……」
 そう言って、女の子は表情を曇らせた。それを見て、もう少女の方も眉を潜ませ、うぅん、と唸り始める。
「それに、夜まで何も食べれないのだ……」
「うぅ……で、でもお金に余裕はないし……」
 どんどん気落ちしていく二人を見ていられず一刀は思いきって声をかける。
「あ、あのさ、ちょっといいかい?」
「なんですか?」
「その肉まんを台無しにしちゃったのは俺なわけだからな。昼食くらいなら奢るよ」
 本当は趙雲を探すべきだと思うものの、目の前に困ってる人がいるのに放っておくことなど一刀には出来なかった。それに元々の原因が自分にあるのだと思っているから尚更である。
(すまん。今度埋め合わせはするからな……趙雲)
 心の中で趙雲に詫びると一刀は二人を見る。どうやら一刀の提案に少女の方が渋り気味なようだ。
「うぅん、どうしようか?」
「この際だから、奢ってもらうべきなのだ!」
「そうそう。ここで断られちゃったら俺の方が困っちゃうからな」
「……それなら、お願いしようかな。あっ、でも人を待ってるから長くは……」
「よし! それじゃあ肉まんで返せばいいかな?」
 先程、飯店で店主と交した約束を思い出しながら一刀は二人に訊ねる。
「そうですね、肉まんでお願いします」
「な、なんでもいいから……早く食べたいのだぁ!」
「ははは、じゃあ、さっそく行こうか」
 先程からかわいらしく鳴り続けている女の子の腹からする空腹を知らせる音に苦笑しつつ、一刀は二人を先程の飯店へと連れていった。

 †

 飯店につくやいなや一刀は店主に声をかける。
「おっちゃん!」
「おや、お仕事は一段落着いたんですかい?」
「いや、実はまだなんだけど。ちょっと事情があってね」
「そうですか。あぁ、今なら席に空きがありますけど――」
「いや、悪いんだけどさ。ここで食べれなくなっちゃってさ」
 時間が無いことを示すように事情を早口で話す一刀。
「それでなんだけど、ここで食べる代わりに肉まんを十個ほどみつくろってほしい」
「わかりやした。それじゃあ、少し待っててくだせえ」
「あぁ、頼むよ」
 店主が厨房へと戻るのを見送ると一刀は二人へと視線を戻した。
「あの……十個って?」
「あぁ、俺も昼を食べてないからね。ついでだよ」
「ほぇ〜、たくさん食べるんですねぇ」
「いや、別に俺は――」
「う〜おなか減ったのだ〜」
 一刀がそんなに食べないと言葉を続けるのを遮って女の子の声が上がる。
 見れば、女の子は小さな躰をさらに縮こませている。口からは涎を垂らし、そのかわいらしい目は厨房を一心不乱に見つめている。
「ははっ、もう我慢できないって感じだな」
「もう……ふふっ」
 そんな、女の子の姿を見ながら一刀と少女は頬を綻ばせた。
 と、ちょうど良く店主の声がかかった。
「肉まん十個、お待ちどう!」
「あぁ、ありがとう。これ御代ね」
「へい、毎度!」
「相変わらず美味そうだな」
「えぇ、自信はありやすから。ところで……」
「ん?」
 鼻腔をくすぐる肉まんの香りに酔いしれていると、店主が質問を投げかけてくる。
「今日は別の女性をお連れなんですね?」
「ぶっ! な、なんだよ"今日は別"って」
「え? いつも女性と一緒ではないですか。それもころころ変わってますし……」
 一刀は、別にそんなしょっちゅう違う女の子と街に来るなんてことしてない。そう反論しようとしてふと考える。
 侍女の女の子の荷物持ちで来たことがあった。趙雲と警邏や買い物の付き合いなどで来た。他と比べると回数が少ないが、公孫賛と来たりもした。
 それに、侍女の女の子の買い物に付き合ったりもしたなぁ。というところまで思い出した一刀は首を傾げる。
(あれ? もしかして……………多い?)
 心当たりに行き当たったため反論するわけにも行かず一刀は適当に誤魔化す方へと作戦を切り替えた。
「ま、まぁおっちゃんの言うこともあながち間違ってないかな? ま、まぁ、そんなことはほっといて――」
「で? 今日はどんなお知り合いで?」
「……はぁ。いや、あの娘たちに関してはちょっと俺が迷惑をかけちゃった相手ってだけだよ。それで、そのお詫びのために一緒にここに来ただけなんだよ」
「……そうですか」
 店主は一瞬、妙な間を開けてから返事をし。一刀はその反応に言及する。
「なぁ、信じてないだろ」
「おっと、肉まんが冷めちまいますよ。それに……お嬢ちゃんが見てますぜ」
 にやりと笑いながらそう告げる店主に促され後ろを振り返ると。
「……じゅるり」
 だらだらと涎を垂らしながら一刀の持つ袋へ視線を向ける女の子の姿があった。
 まだ店主には言いたことがあったが一刀は仕方なく二人の元へと向かった。
「わ、悪い悪い。それじゃあ、俺は一個貰うとして……ほら、残りはあげるよ」
「貰ってもいいのか?」
「えぇっ! そんな悪いですよ」
「いいって、どうせだから待ち合わせの相手にもあげてくれよ。俺のせいで二人を引きとめちゃったんだから、そのお詫びにさ」
「そ、それじゃあ。いただきます」
「あぁ。それじゃあ、俺はまだ用事があるからこれで」
「あ、はい。本当にありがとうございました」
 そう言って頭を下げる少女。その隣では女の子が肉まんにひたすらかぶりついている。 その姿に思わず笑みが溢れてしまうのを隠しながら一刀はその場を後にした。
(それにしても、こんなところで出会うとは……)
「もう、あの人行っちゃったよ」
「もぐ?」
「今度、会うことがあったらちゃんとお礼を言うんだよ」
 二人の声が未だに耳に届いているのを感じながら、一刀は虎の髪飾りをつけた女の子の顔を思い出していた。
 あの女の子を一刀は知っている。そう彼女の名前は――。
「わかった? 鈴々ちゃん」
「んぐ……わかったのだ……」
 次に聞こえた二人の会話が一刀の思い浮かべた名前と女の子の名前が同じであることを示していた。そして、それを最後に彼女たちの会話は街の雑踏へと飲み込まれ聞こえなくなった。
 だが、声が聞こえなくなっても一刀は女の子の顔を忘れることはない。
 何故なら鈴々と呼ばれた女の子もまた、前の"外史"で出会い、共に刻を歩んでいった大事な仲間でもあり、同時に大切な女の子でもあった特別な存在として一刀の中に刻まれているからである。
(だけど、一緒にいた彼女は一体誰なんだ?)
 一刀には心当たりのない人物とよく知っている女の子が一緒にいることにわずかな不安を感じた。
「すでに俺の知る流れとは違うってことなのか……?」
 そんな一刀の疑問に答えなどは当然返ってはこなかった。
「まぁ、こんなとこで考え込んでもしょうがない。さっさと趙雲を探そう」
 どんどん嫌な方向へ考えが進んだため、一刀は思考を停止し再び趙雲の捜索へと集中することにした。
 そうして「いざ」と意気込んだ一刀に声がかけられる。
「そこの者、少々よろしいか?」
「ん? なに?……!?」
 声のした方を振り返った一刀の視界に映ったのは、美しい黒髪を風になびかせながら凛々しい瞳を一刀へ向けている少女だった。




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