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無じる真√Nー01話
穏やかな風に吹かれ揺れる髪の動きを感じて一刀は目を覚ました。
開かれた一刀の瞳に映ったのはいつか見たことのある風景。
果てしなく広がる広大な大地、遠くにそびえる高き山々……未だ人の手が加わっていない荒野と言うに相応しい場所に広がるそんな光景。
一刀は、未だぼんやりとする頭で少し考えてみる。
(昔見た中国の水墨画に描かれる風景によく似ているな……いや、違うな)
思考回路が完全に開通し、意識が覚醒した瞬間、一刀はその光景が間違いなく彼女たちと共に駆け抜けた世界に広がっていた風景であることを確信する。
(だけど、なんでこんなところにいるんだ……)
正直、一刀自身にはこの場所に来た覚えは無かった……。
(あいつらと戦っていたはずだ……みんなと……一体どうなってるんだ!?)
自分が目を覚ました場所が本来居るはずの無い場所であった。そのことが一刀の胸をぎりぎりと締め付け、一刀に息苦しさを覚えさせる。
「そ、それよりみんなは――!?」
現状に混乱しつつも一刀は自分の愛する"少女たち"の姿を求め、どこにいるのかと周りを見渡してみた。
しかし、そこには求めている者たちの姿どころか、人影すら見受けられなかった。
「一体、どうなってるんだ……」
一刀は、自分になにが起こったのかますます理解できなくなり、呆然と空を見上げることしか出来なかった。
だが、いつまでもそうしているわけにもいかない。
そう考え、一刀は現状を理解しようと改めて辺りを見渡す。
「うぅん、近くに邑があるような気配は無いなぁ……」
どれだけ見ても荒野が広がっている。それを改めて確認し、一刀はどうしたものか……と腕組みして頭を捻り始める。
†
それから、その場でしばらく考え込んでいると一刀の元へ三つの影が差し込んだ。
「なんだぁ、こいつ?」
一刀に向けて声がかけられる。
そのことに驚きつつ、一刀は考え事に集中して俯かせていた顔を上げる。一刀の視界に三人の男の姿が入り込む。
一刀が三人を見るように三人も一刀をジロジロと値踏みするように凝視している。
「どっかの集落の奴らからはぐれたんじゃないっすかねぇ?」
一番左にいる妙に鼻が特徴的なチビがそう言った。
「そ、それにしても変な奴なんだな」
逆の右側には妙に丸々として躰の大きい男がいた。チビと比べまさに対照的な男だなと一刀が思っていると、もう一人が口を開いた。
「んなぁこたぁいいんだよ。よくわからねぇが、見たこともない良さげな服を着てやがるからなぁ、さぞや高価なものやら金目のものやらをたっぷり持ってるんだろうぜぇ……へへっ!」
一刀を見ながら下卑た笑みを浮かべる髭面の男。チビとデクの様子から、統率者格なのだろう。
そんなことを冷静分析しながら一刀はあることに気がつく。
(ん? なんかこんなやり取りどっかで見たような……いや、俺自身覚えがあるような……こう既視感というか……)
一刀が心の中の疑問に首を傾げていると、今まで一刀を値踏みするように見ていたチビが頭と思われる髭面の男に声をかけた。
「というか、この服自体も売ったら高そうっすねぇ、アニキ」
ニタニタと不快な笑みを浮かべながら髭面の方を見るチビ。その様子から、やはり髭面もといアニキが頭であることを一刀に確信させた。
「わかってるさ……さぁて、とっとと身包みはいじまうぞ!」
そこまできてようやく、とある光景が一刀の脳裏に思い起こされた。そう、かつて一刀が外史と呼ばれる世界へやってきたときのことだ。
その時も、目の前にいるような三人組に襲われたのだ。
「そっかぁ……うぅん、懐かしいな…………!! って、要するに追いはぎにあってるってことじゃないかよ!」
「なにぶつぶつ言ってやがんだ?」
「へっへっへ、いいからさっさとやっちまいやしょうぜ」
厭らしい笑みを浮かべながら一刀へ手を伸ばそうとするチビ。
それを見ながら一刀はどうするべきか必死に考える。
「……。」
ここで下手に逆らったとしても返り討ちにあう可能性のほうが高いだろう。かといって言うとおりにするのも一刀自身が納得できない。
「なら、やっぱりここは……」
「あん?」
「お前らにやるもんなんてないんだよぉ!」
精一杯大声で叫び三人を怯ませると、一刀はもの凄い速度で大地を蹴り飛ばしてその場から駆け出す。
「あ、待ちやがれぇ、この野郎! デク! チビ!」
一刀の姿が離れていったところでアニキが、はっ、とした顔をした。どうやらそこで正気になったらしい。そんなアニキがわめき散らすようにデクとチビに支持を出した。
「おう!」
「わ、わかったんだな」
アニキの声に頷くとチビとデクが一刀の後を走り出す。
「うぉぉおお! 三十六計逃げるにしかず!」
チビとデクが自分を捕まえようと追ってくる。その様子をちらりと伺った背後に見つけた一刀は、叫ぶことで自分に気合いを込めながら腕を振り、脚をあげ必死に駆け続ける。
「ま、待つんだなぁ〜」
一刀は、見た目からしてチビの走りが早いであろうことはなんとなく予想していた。
だが、一刀にとってやっかいなのはむしろデクの方だった。何故なら、デクの走る速度が一刀の予想を遙かに超えていた。
「くそっ」
デコボコな二人、そしてその後方にいるアニキに距離をかなり縮められていることに苛立ち一刀は舌打ちする。
(さすがに、これ以上走って下手に体力を消耗するわけにも行かないな……かといって止まれば奴らに捕まるし……どうする、考えろ……考えるんだ!)
考え事を始めたのが一刀に隙を作らせた。
「おらぁ、捕まえたぁ!」
その一瞬の隙をついてチビが一刀へ向かい飛び掛かる。
「くっ」
振り返れば、チビがすぐそこまで迫っている。その光景に一刀は心の内で、「まずった! これじゃあ、捕まっちまう」と叫んだ。
しかし、一刀にはそのチビの動きが想像以上に遅く感じられた。そして、そのおかげでチビの特効をなんとか紙一重で避けることに成功した。
避けられたチビが悔しそうに一刀を睨みながら舌打ちをした。
「ちっ、こいつ……」
「つっ、捕まえるんだな!」
悔しそうに地面を踏みつけるチビを尻目にもう一人の追跡者であるデクへと視線を向けると、ちょうど一刀に向かって襲い掛かってくるところだった。
それを認識した瞬間一刀の躰が動く。
「うぉっ」
やはりこちらもチビのとき同様、先程まで思っていたものと比べ、実際に対峙し、現在感じているデクの速度は遅かった。
デクに捕まる前に一刀は大地を蹴って後方へと跳んだ。
そんな一刀を見開いた目でとらえながら驚愕を露わにするデク。
「お、おかしいんだな……」
「デクでもだめか……一体、なんなんだよ、こいつ!」
チビが鋭い刃物のような目で一刀を睨みつける。明らかなまでに警戒心を露わにしているチビを一刀がにらみ返していると。
「なにやってんだ……まだ捕まえられてねぇのか!」
最後の一人であるアニキが怒鳴り散らしながら一刀たちの方へとやってきた。
もの凄い剣幕で近づいてくるアニキにチビが必死に弁明している。
「そ、それがこの野郎ちょこまかとすばしっこくて……なかなか捕まんねぇんすよぉ!」
「そうなんだな。なんていうか……た、只者じゃなさそうなんだな」
「お前らなに言ってやがんだ。こぅんなひ弱そうな奴が武に優れた人間だとでも言うつもりかよぉ! あぁん!?」
「はっ!?」
アニキの言葉を聞いた瞬間、一刀の頭に雷のように一つの考えが舞い降りた。
そんな一刀に気づくこともなくチビやデクがアニキの方へと視線を移している。
「で、でも――こいつ――はや――」
「――だな――なん――だな」
「うるせぇ――だいたい――!」
何故か言い争いを始めた三人を余所に一刀の頭の中では先程までの奇妙な感覚について一つの考察ができあがっていた。
(そ、そうか……武に優れた人間……それだったんだ。さっきからこいつらの動きが遅く感じる理由は"武人"にあったんだ!)
そう考える一刀の頭に以前、大切なそして武において秀でている者たちに稽古をつけてもらっていたころの情景が浮かんでいた。そう、一刀はその常人の域を脱している者たちによる稽古を何度も何度も受けてきたのだ。
おそらくそれが自分の感覚を成長させていたのだと一刀は心の中で納得した。
そして、それらと同時にその稽古によって政務に支障をきたしたことを思いだし、一刀は顔を引き攣らせた。
「まさか、こんなところで役に立つとは……」
一人呟きながら一刀は思う。かつて言われたとおり、鍛錬するに越したことはなかったのだと。
だが、これで少しは希望が持てるようになったかと誰かに訊かれたとしても、自分の返答はおそらく『それはない』といったものになるであろう。
一刀はそう思いながら、未だなにやら言い合っている三人をちらりと見る。先程のことからも言えることだが、一刀はあくまで彼らの攻撃を避けられるだけであり、決して彼ら全員を倒せるというわけではない。
そう考え、どうしたものかと一刀が唇を噛みしめているとアニキが大声を発した。
「いいか、こうなりゃ一斉にかかることにしようじゃねぇかぁ! 三人でかかりゃあ奴が武に特化した人間だろうと関係ねぇ!」
「さすがアニキ!」
「あ、頭いいんだな」
アニキの言葉に二人の士気が高まる。そして、ギラつく三人の視線が自分に注がれるのを感じながら一刀は舌打ちをしたい気分に駆られた。
(くそっ! 一人ずつならまだしも、三人一遍はまずいぞ!)
逃げ場を失った獲物を追い詰めるように三人はじりじりと一刀を取り囲むようにそれぞれの動きを見せ始める。
そして、逃げることもままならない内に一刀は三人に包囲されてしまった。
「よし、やるぞ!」
アニキの言葉に従うように残りの二人はすぐにでも一刀に飛び掛かれるようにということなのだろう、わずかに身を屈め一刀をそのギラギラとした目にとらえたまま構えている。
そして、そんなチビとデクを交互に見るとふふん、と余裕の笑いを浮かべると一刀を視線にとらえたまま号令をかける。
「おらっ、捕まえろぉ!」
その号令を合図に三人が一刀へ向かって一斉に飛び掛かってくる。
が、その瞬間、複数の馬蹄の音が辺りの空間を支配した。
「貴様ら、なにをしている!」
三人へとぶつけられた怒声に、どこかで聞いたことのある声のような気がすると、一刀は思った。
そんなことを考える一刀を取り囲んでいた三人がババッと同時に一刀から離れた。
「げっ!? 白馬長子!」
まず、はじめにチビが大声でそう叫ぶ。そして、その言葉の意味を理解したらしいアニキが慌てた様子でチビとデクを捲し立てる。
「に、逃げるぞ、お前ら! は、速くしろぉ!」
「わ、わかったんだな」
「ま、待ってくれよーアニキー!」
何度も躓きかけながら必死な形相で逃げていく三人。
そんな慌てた様子で逃げていく後ろ姿を見送りながら一刀は気を緩めて息を吐いた。
「た、助かったぁ」
思わず、一刀の躰から緊張が解ける――どころか全身から力が抜けそうになった。
そんな崩れそうな躰を叱咤してへたり込みそうなのを堪え、改めて声のほうを見る。
そこには、一小隊程の白馬に乗った兵たちが並んでいた。
その白馬の騎兵が二つに分かれ道を作る。その光景に一刀が首を傾げるのと同時に声がかけられる。
「そこのお前、大丈夫だったか?」
作られた白馬の道の中から、これまた白馬、いや他の者たちが乗っているものよりも質の良さそうな白馬に乗った女の子が一刀の傍へと並足で近づいてくる。
一刀の前に来ると馬の脚を止め、女の子はその背から降りた。
赤みがかった髪を後ろで束ね、どこか凛々しい瞳をしているその女の子が未だ呆然とする一刀の顔を「おーい、どうした?」と言いながらのぞき込んでくる。
そこで我に返った一刀は、なんにせよひとまず礼を言うべきだろうと、すぐさま感謝の言葉を述べることにした。
「あぁ、ありがとう助かったよ」
そして、目の前に立つ女の子――赤を基調とした服とその上に白い鎧をつけた、まさに一刀の記憶にある姿と同じである――の名を呼ぶ。
「公孫賛」
その瞬間、一刀は激しい違和感に襲われる。そして、しばし思考が停止する。
(…………あれ? …………? …………!?)
その違和感の正体に気づいた瞬間、一刀は叫ばずにはいられなかった。
「って、こ、公孫賛〜!?」
驚愕に満ちた一刀の声が辺りに響くのだった;……。
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