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「無じる真√N06」
その少女は、先程出会った桃色の髪をした少女と似た感じの白と緑を基調とした服装をしている。ただ、先程の少女が深紅だったのに対して紺色のスカートを履いているという点のみが大きく異なるといった感じだった。
そして、胸もまた先程の少女同様立派なものだった。
その少女は、戸惑う一刀に構うことなく自分の事情を話し始めた。
「今、私は我が主のために兵を集めているのだが……どうだ、働いてみないか?」
「え? いや、俺は……」
「見たところ商人のようでもなく、かといって職人でもないのだろう?」
「あ、あぁ……そうだけど」
「それに、農民というわけでもないように見える。それにここの領主の臣下という風にも見えぬ」
「まぁ、確かにそのとおりといえば、そのとおりかな」
「ならば、無駄に時間を浪費せず人々のために戦おうとは思わぬか?」
「え? まぁ、俺も多く人たちを護れるようになりたいとは思っているけど……」
「そうか、ならば話は速い。我らは人々のために戦おうとしているのだが。どうも、我らについてこようという者がいなくてな。目指すものが我らと同じだというのならば、共に立ち上がろうではないか!」
「え? ……え?」
「さぁ、共に行こう!」
「へ……?」
「善は急げだ。走れ!」
「ええぇぇー!?」
一刀が少女の勢いに困惑していると、黒髪の少女が一刀の腕を掴み駆けだした。
引っ張られながら一刀は思う。どこに連行されるのだろうか、と。
†
少女によってしばらく引っ張られた後、ようやく目的地に到着した。すると、少女が一刀に包みを渡した。
「さぁ、この程度しか用意できなかったが、使ってくれ」
そう言われ一刀が包みをといてみると、不格好な鎧やら兜やらが姿を現した。
「え、えぇと……」
「気にしなくていいぞ。さぁ、受け取るがいい」
「は、はいぃ……」
未だ戸惑いから抜けきれていない一刀に、少女が笑顔で告げる。一刀には彼女の発する空気に逆らおうという気を持つことは出来なかった……そして、それが情けないとも思った。
やむを得ぬまま一刀が受け取った装備を身につけたのを確認すると、少女が口を開いた。
「さて……ようやく一人か……」
「……え、えぇと、もしかして人ってそんなに集ってないのか?」
顎に右手を添え、その腕の肘に左手を当て考え込む少女に一刀は訊ねてみる。
「あぁ、我らはこれから"とある人物"に会う予定なのだ。そして、それまでにある程度、人数を集めておきたいのだ」
「なるほどな……で、この鎧や兜からすると兵が必要なんだな?」
「あぁ、予定ではそうだ」
「それで、俺が一人目ってことなんだな?」
「あぁ、そのとおりだ。なかなか我らと共に立とう、という者がおらぬのでな」
渋面のままそう告げた少女を見ながら一刀は考える。
(なんとか、助けたいが……どうするべきか)
とある理由から、一刀はこの黒髪が美しい少女の手助けがしたいと思っていた。それこそ、出会った瞬間から。
だが、予想していなかった問題を提示されどう解決するべきか悩む。
「……兵はすぐ集める必要があるのか?」
「どういう意味だ?」
「いや、人数が重要なのか、"兵"であることが重要なのかってことだよ」
「それは、兵に決まっている!」
「何故?」
「無論、私と仲間が兵たちを束ねる力があることを証明するためだ」
「んー、それなら兵でなくてもいいんじゃないか?」
「なに? それはどういう……」
一刀の提案に少女が訝る。
「つまり、その人物に会う時だけ何人かはわからないけど……まぁ、多くの人たちに兵の格好をさせるってことだよ」
「なんと、相手を騙せと申すのか!」
今にもつかみかからんという勢いで叫ぶ少女に冷や汗を流しながら一刀は慌てて言葉を付け加える。
「ま、まて。落ち着けって。確かに心苦しいとは思う。だけど、俺に声をかけたときのように頼むだけじゃあ人は集まらない」
一刀の冷静な指摘に対して、先程まで殺気のようなものを放っていた少女は、ため息を吐いた。
「むぅ……確かに一理あるかもしれぬな」
どうやら、心当たりがあるのか少女は自然に納得した。
「だろ。本来は志願兵を雇うのが一番なんだろうけど、それなりのお金が必要となるからな……」
「それは、私とて考えたことだ。ちなみに手持ちはまったくない」
「そうなるとやっぱり、より安値で頭数だけ揃えるように雇うしかないだろうな」
「しかし、人数を集めるために雇うにしても本当に手持ちがなくてな……」
そう言って少女が見せたのはほんの少しの硬貨だった。さすがに一刀も顔を引き攣らせるしかなかった。
「う、うぅん……確かにこれじゃあ厳しいな」
「…………はぁ」
「どうするべきか……よし!」
「む? なにか考えが浮かんだのか?」
「まぁ、一応ね……ちょっと待っててくれ」
それだけ告げると一刀は、呆然とする少女を残してどこかへと駆けていった。
それから少女が空いた時間に体をそわそわおとさせ始めた頃、それなりの人数を引き連れた一刀が戻ってきた。
「お待たせ」
「おぉ! 結構な人数を集めたものだな。一体どのような方法で集めたのだ?」
「はは、集めた方法については秘密だ」
「……まぁ、追求している暇はないので聞かないでおくとしよう。では、さっそく我が仲間の元へ行くとしよう!」
「へ?」
「なにをしている。共に立ち上がる約束をしたではないか。ほら、鎧と兜を着けないか! すぐ出発なのだぞ!」
爽やかな笑顔を浮かべる少女。それに対して顔を引き攣らせながら一刀が口を開く。
「だ、だから――」
「話なら後で聞いてやる。だから早く用意を済ませぬか!」
「い、いやだから――」
「もたもたするなぁ!」
「は、はぃ……」
少女の迫力に圧され、一刀は返事をしてしまう。
そうして一刀は、結局彼女の"仲間"の元へと連れていかれることになった。
「ただいま戻りました。なんとか人数も必要なだけ集まりましたよ」
「おかえり。うわぁ……結構いるねぇ。すごい、すごいよ!」
「さすがは、姉者なのだ!」
「いえ、いろいろありまして……その説明は後々いたします」
なにやら一刀が聞き取れないかどうかくらいの声で仲間と二言三言交わした後、黒髪の少女が一刀や模造兵たちの方を向いた。
少女が話していた相手を見ると、どうも先程肉まんの件で一刀が関わった二人の女の子のようだった。
大きめの兜を深くかぶっているせいか、一刀には気づいていないようだった。
「さて、この御方が我が主であらせられる"劉備様"だ。もし、向こうで聞かれるようなことがあったら、その際には、くれぐれも間違えることのなきよう頼むぞ!」
黒髪の少女がそう告げると、劉備が前へと出てくる。先程と同様に人の良さが滲み出るほど明るい笑顔を浮かべている。
「劉備です。みなさん今日はよろしくお願いしますね」
(彼女は劉備だったのか……ということは、やっぱり俺のいた"外史"とは異なるってことなんだな……)
前の"外史"で出会ったことのない人物の登場に一刀の頭は混乱で満たされた。
そんな状態の一刀など関係のない少女たちは虎の髪飾りの女の子紹介に入っていた。
「こちらが我が義妹の張飛」
「よろしくなのだ!」
そう言って張飛はにぱっと笑った。そして、それに続くように黒髪の少女が口を開く。
「そして、私が関羽だ。今回はよろしく頼むぞ」
関羽の自己紹介が終わったところで劉備が再び前に出てくる。
「それじゃあ紹介もすんだし、さっそく行こう!」
「そうですね。では、皆の者ついてまいれ!」
少女たちが出発の旨を兵たちに伝える。そして、集団はその場が続こうとしている。
その様子を眺めながら一刀は一歩後退する。
(さて、これで俺の役目も終わったかな……頑張れよ)
内心で応援の言葉を贈り、この場を後にしようと踵を返す。
「む? どこへ行く?」
「え? いや、俺はこれで失礼しようかなって……」
だが、立ち去ろうとしたのを関羽に見つかり呼び止められてしまった。その事態に一刀はまずったと思いながらも彼女の方へ振り返り理由を伝えた。
関羽が急に動いたために立ち止まってしまった集団が彼女越しに見えた。
「お主は、我らと道を同じくする者ではなかったのか?」
「……目指す場所は同じだと思う。ただ、俺はすでに道を歩み始めてるんだ。だから一緒には……」
「そうか……わかった。我らと共に歩めぬのだな……」
「あぁ」
「そうか……」
そう言って関羽は表情を曇らせた。その姿を見て、一刀は自分が何か悪いことをしているような気分に駆られた。
「だけど、まだ俺に手伝えることがあるならやるよ」
「ならば……もう少しだけ付き合ってもらえぬか?」
「はぁ……そうだよなぁ……乗りかかった船だもんな。よし、せめて俺が出した案を実行する間くらいは付き合うとしよう」
「すまぬ、感謝する」
「気にしないでくれ。かわいい女の子が困っていたら助けるっていうのが男ってものなんだからさ」
「…………」
「さ、行こうか?」
腹を決めた一刀は急に黙り込んでしまった関羽を促した。
「あ、あぁ……そうだな。行こう」
「それで目的地までついて行けばいいのか?」
関羽と共に集団へと向かい歩きながら一刀はそう訊ねた。
「いや、できれば今回の件が終わるまでは一緒にいてほしい」
「わかった。じゃあ、俺は偽物じゃない兵ということにしておいてくれ。あの二人にもそう伝えておいてくれよ」
一刀の言葉に頷くと関羽は集団の錢塘に向かって駆けだした。
「皆の者、待たせてすまなかった。それでは、今度こそ出発する。よいな!」
「おう!」
「では、これより城へ向かう。くれぐれも粗相のないよう気をつけるのだぞ!」
そう告げ、劉備たちを戦闘にした集団が一つの生き物のように動き始めた。
(………………ん? 城?)
関羽の言葉に含まれた単語に一刀は嫌な予感を覚えた。
しかし、手助けすると約束した以上逃げるわけにもいかない。
(ま、まぁ、いろいろ身につけてるしバレないよな…………不安だぁ)
自分を励ましながら一刀は顔を隠すために布で口元を隠し、覚悟を決めた。
城へ到着すると、全員を連れて目的の人物と会うわけには行かないというわけで集めた男たちを待たせた劉備たち。
そして、彼女たちは玉座の間へ通されることになった。
少女たちの後ろには何故か一刀の姿があった。何故か関羽によって引っ張られるように玉座の間へと連れていかれたのだ。
その過程を振り返りながら一刀が「どうしてこうなった」と肩を落とした状態で一人ぽつりと呟いていると、入り口に立っていた兵士が入室の許可を出した。
「どうぞ、お入りください」
その声に従い中へと入っていく劉備たち。
「失礼します」
「失礼いたします」
「失礼するのだ」
そして、三人の二、三歩程後ろに続いて一刀も玉座の間へと入室した。
一刀たちが部屋へ入るやいなや玉座の間の主が少女たちへと歩み寄る。
「おぉ、よく来たな"桃香"。盧植先生のもとを卒業して以来だな」
玉座の間、もといこの城の主――公孫賛が呼んだ名前はおそらくあの桃色の髪をした少女――劉備の真名なのだろう。
一刀はそう考える一方で、劉備たちが会いに来た相手が予想通り公孫賛だったことにどうしたものだろうかと悩んでいた。
(幸い姿はわからないんだ。何も言わずやり過ごすか)
一刀が一人決意を固めている間も公孫賛と劉備の会話は続く。
「そうだね"白蓮ちゃん"。お久しぶり〜」
(へぇ、公孫賛の真名なんて初めて知ったな。前のときは……いや、思い出してもしょうがない……か)
前の"外史"でのことを思いだし一刀は暗い気持ちになった。
「でも、すごいね。今じゃ太守様でしょ。本当にすごいよ」
「まだまだだよ、私の目標はもっと先にあるんだ」
「さっすが白蓮ちゃんだね」
「そりゃあ、私だってこの一勢力を率いる人間だからな。それくらいはあるさ。それで桃香はどうしてたんだ?」
「わたしはね――」
二人のやり取りを見る限り旧知の仲なのだろう。実際、二人の会話はごく自然に進んでいる。そんな会話をしばらく続けた後、公孫賛が劉備に質問を投げかける。
「なるほどな。じゃあ、最近はどうしてたんだ?」
「仲間と一緒にあちこち回ってたの」
劉備はそう告げると一刀たちの方を見る。それに促されるように公孫賛の視線もまた三人の方へと向けられた。
「仲間って言うのは、その後ろにいる者たちか?」
「うん、そうだよ」
「そうか……ところで、今日は一体何の用があってきたんだ? まさか挨拶のためだけじゃないんだろ?」
「う、うん。実はね、白蓮ちゃんが盗賊退治をしてるって聞いてそのお手伝いをさせてもらいたくて……だめかな?」
「そうだな、聞くところによると桃香たちがそれなりの数の兵を連れていたとも聞いてはいるんだが……」
「うん……」
「で?」
公孫賛の質問の意味がわからず劉備が聞き返す。
「でってなにかな?」
「何人が本当の兵士なんだ?」
「え、えぇと……」
「はぁ、桃香……私だって太守を務めてるんだ。それなりに見抜く力は持ってるつもりなんだがな」
「ごめんね……」
苦笑する公孫賛に劉備が申し訳なさそうに頭を下げる。
その様子に慌てたように関羽が前へと出る。
「公孫賛殿! この策の責は私にあります。桃香様は何も悪くありません」
関羽に先を越されたため、踏み出した一刀の脚が止まる。しかし、関羽もまた悪くないこと知っている一刀は再び歩み続ける。
「いや、本当に悪いのは俺だ。これを考えたのは俺だからね」
公孫賛の前で正直に告げる。
一刀もさすがに声を出したら公孫賛に気づかれるかと思ったのだがその素振りがない。
何故だろうかと思い改めて自分の格好を思い出す。顔に巻いた布、それによって声がくぐもり公孫賛に気づかれなかったのだろうか。
それに気づき、なら素顔をさらそうかと布に手をかけるが、それよりも先に公孫賛が口を開いた。
「いや、気にはしてないんだ。ただ、友としての信義をないがしろにするようでは、人はついてこない。そのことには気をつけろ。それを伝えたかっただけだ」
「やはり、誠心誠意で当たっていった方が良いということですか?」
「いや、判断して赤心を見せろってことだ」
「なるほど、相手の本質を見抜けと」
「そういうことだ」
関羽と公孫賛の会話から、ただ真心を見せるのではなく見極めも大事だということが学べる。一刀は密かにそれを心に刻んでおこうと決めた。
ちらりと劉備を見れば真剣な瞳で公孫賛と関羽を見つめていた。
(どうやら、あの娘も俺と同じか……)
劉備が自分と同じ事を考えたのだと察し、口元が緩み一刀はひやっとして周りを見たが誰も気づいていない。どうやら幸い布に覆われていたので誰も気づかなかったようだ。
そのことに安堵しながら、公孫賛が太守を務めるだけの人間であるということを一刀は改めて思い知らされた気分になった。
「公孫賛殿のご助言、大変勉強になりました。まことにありがとうございます」
「や、やめてくれよ。ただの老婆心なんだから」
そう言って、公孫賛は顔を真っ赤に染めてしまった。本当に照れ屋なのだなと思い一刀は布の下で口端を吊り上げた。
「そ、それよりも兵の数はいくつなんだ?」
「じ、実はね……その私たち三人を覗くと……一人しかいないんだよね」
「ひ、ひとり!?」
公孫賛が大声を上げた。さすがに彼女もこれは予想していなかったようだ。
だが、公孫賛の反応を気にもせず劉備が一刀へ視線を向ける。
「うん、ここにいる人がそうなんだ。それで、手前にいる二人が今はわたしの妹になった大切な仲間なの」
そこで一刀は思い出す。先程、劉備と張飛にまがい物でない兵ということで話を通してもらうよう関羽にたんだことを。
「確かに、二人は兵というよりは桃香の身内って感じだな。つまりその後ろのやつか……」
「うん、そうだよ。そうだ、紹介がまだだったよね」
「そういえばそうだったな」
劉備と公孫賛の言葉に関羽が口を開いた。
「では、私からさせて頂く。姓は関、名は羽 字は雲長。桃香様の第一の矛です。以後お見知りおきを」
「鈴々は、姓は張、名は飛で、字は翼徳なのだ! 強さには自信があるのだ!」
「よろしく……と言いたいところだが、正直なところ、まだ二人の力量がわからんからな……。桃香?」
一般兵ということになっているため名乗る必要はないらしく一刀は安堵の息を吐いた。
「二人とも、すっごく強いんだよ!」
「うぅん、そう言われてもなぁ……」
桃香が我が事のように自信満々に告げるが、公孫賛は腕組みをして悩んでいる。
そんな公孫賛の後ろから人影が歩み寄ってくる。
(あ、あれ? はじめからいたっけ?)
正直、一刀もいるのに気がつかなかったその人物――趙雲がいつもの笑みを浮かべながら口を開く。
「おや、見抜く力が大事だと語ったのに力量が見抜けないのですかな?」
「う……返す言葉がない……だが、趙雲はわかるのか?」
公孫賛が苦し紛れに趙雲へ訊ねる。
(というか……警邏中に消えた後は、城に戻ってたのか?)
元々、今の事態に一刀が巻き込まれる原因を作った要因の一つでもある趙雲が何故か城にいる。その事実に一刀はひっそりと首を傾げた。
「えぇ、当然です。武を志す者ですからな。姿を見ただけで、只者ではないとわかるというものですよ」
「……まぁ、お前がそう言うなら信用できそうだな」
趙雲の言葉を受け、公孫賛が改めて関羽と張飛を見る。それに続くように二人を見た趙雲が関羽へ質問を投げかける。
「どうですかな? 関羽殿」
「あぁ、そうだな。そして、そういう貴女も大層な腕をお持ちだとお見受けするが?」
「鈴々もそう思うのだ!」
「ふふ……さて、どうだろうな」
相変わらず不適な笑みを浮かべたまま趙雲はあやふやな答えを口にした。
「趙雲。自己紹介くらいしたらどうだ?」
「それも、そうですな。では改めて、我が名は、姓は趙、名は雲、字は子龍。伯珪殿のもとで客将をしている。以後お見知りおきを」
「こちらこそ、よろしく頼む」
「よろしくなのだ」
「よろしくお願いします。わたしは、姓は劉、名は備、字は玄徳です」
趙雲、そして劉備が自己紹介をして、ひとまず話が終わった。
一通りのやり取りを見て、一刀はようやく解放されると胸をなで下ろした。
「ところで、そこにいる者については触れぬのですかな?」
趙雲の言葉によって、すっかり空気となっていた一刀に注目が集まる。
(……あれ? 趙雲、今笑った?)
視線が集まるのを感じるのとほぼ同時、一刀の視線は確かにとらえた――趙雲が面白そうに微笑を浮かべ一刀を見つめているのを。
(ま、まさか気づいてるのか……)
そんなことあるはずないと思いつつも、確認のため今一度趙雲の方を見る。
「…………ふ」
明らかに趙雲はにやりと笑った。それを見た一刀の脳裏に一つの考えが浮かぶ。
(今、笑ったよなぁ……絶対に。間違いなく公孫賛が俺に気づいてないことや俺がいつバレるかヒヤヒヤしてるのを楽しんでるな趙雲……)
にやにやと笑っていること、さりげなく一刀と公孫賛を交互に見るように視線を動かしていることなど、趙雲の見せる様子から、一刀は自分の予想が間違っていないことを確信した。
趙雲の行動や狙いに動揺する一刀。彼のその様子に気づくことなく公孫賛は一刀が現在扮している"一般兵その一"を話題にあげた。
「そうだな、兵一人の自己紹介を聞くくらいの余裕はある。どうだ、桃香?」
「うん、そうだね。実はわたしも知ってるのは愛紗ちゃんが連れてきた人だってことだけだったしちゃんと自己紹介してほしいかも」
そう言って劉備が関羽を見る。劉備の頼めるかなという視線から逃れるように顔を逸らしつつ関羽がぽそぽそと答える。
「……じ、実は私も名前を聞くのを忘れておりまして」
「にゃはは、愛紗は間抜けなのだ」
「うっ! それとですね、実を申しますとこの者は兵ではありません……」
ここまでくると隠しておくわけにもいかないと感じたのだろう。関羽が頭を下げて真実を白状した。
さすがにそれには劉備も公孫賛も驚きを隠せずにいる。
「え? そうだったの?」
「では、何者なんだ?」
「そうですね……協力者、といったところです」
そう答えた関羽に対して劉備と公孫賛が首を傾げ同時に聞き返す。
「協力者?」
「えぇ、公孫賛殿の元を訪ねる準備をいろいろと手伝ってもらいました」
「なるほど、それで先程の件での謝罪か……」
「まぁ、そういうことです」
「しかし、関羽が責任を背負おうとしたときにすぐ名乗り出たのは感心したぞ」
公孫賛の視線が一般兵その一こと一刀に向く。それだけで一刀は背中に冷たいものが伝うのを感じた。
「そうですね。他者に頼った私が負うべき責を代わりに背負われたのには驚きました」
「うんうん。愛紗ちゃんにまかせっぱなしにして黙っていればこの人は責任を負わなくてすんだはずだもんね。それでも名乗るっていうのはなかなかできないもんね」
「きっと、いいやつなのだ」
会話が盛り上がるにつれ一刀の気分は反比例して盛り下がっていく。
(なんか、いい人みたいに、言われてる……しかも、本質を見抜けなんて話の後でこれはまずいよなぁ公孫賛的にも俺的にも。というか下手したら……うぅ)
そんなことを考え装備の内側で身震いしている一刀を見ながら趙雲が口を開く。
「そうですな。この者は"人が良い"のでしょうな。くく……くっ」
はじめは他の四人に合わせているようなことを言っていたが最後には笑いを堪えきれずに吹き出しそうになり、躰をぷるぷると振るわせている。
可笑しさに躰を震わせている趙雲とは対照的に一刀は最悪な結果を想像し身震いする。
「では、自己紹介をしていただけますかな?」
なんとか笑いを堪えた趙雲が自己紹介の催促をする。
こうなれば誤魔化そうと一刀が決意し、出鱈目な名前を口にしようとした瞬間、何かに気づいた趙雲が再び口を開いた。
「そうそう、自己紹介の前にその暑苦しい兜や顔を覆う布を外してはいかがですかな?」
「趙雲殿の言うとおりだな、太守殿の前にいるのだ、そのままというのは、失礼だろう」
趙雲の言葉に関羽が頷きながら同意した。二人の武人の視線が一刀を貫く。
自己紹介どころか素顔をさらす状況へと変化したことに一刀は観念するしかないと、ため息を吐いた。
(やっぱり気づいてるんだな、趙雲……)
恨みがましい目で趙雲を見るが当人は何処吹く風だ。それどころか一刀を促す言葉を口にする。
「もう、頃合いだと思いますぞ?」
「ん? なにを言ってるんだ?」
「ふふ……この者が素顔をさらせばわかりますよ」
公孫賛にそう答える趙雲。その言葉によって一層注目が強まり、一刀へ視線が注がれる。
「…………」
さすがにもう限界だ。一刀はそれを五人の視線という形で感じる。
(これ以上、騙すようなことはできないもんな)
ため息を吐きつつ、そっと顔を覆う布を取り除く。一刀はその流れで顔や頭を覆っている装備を次々と外していく。そして、趙雲と関羽を覗く三人が何かしらの反応を見せる前に頭を下げる。
「公孫賛! 実は今日の警邏中に仕事を抜けてこの人たちと一緒にいたんだ! 本当にすまない!」
「え!? ほ、北郷!」
「ふふ……やはり、北郷殿でしたな」
「あぁ、さっきの人!」
「ほんとなのだ!」
「え? 桃香様? 鈴々? それに公孫賛殿まで……」
一人だけ驚く要素がなかった関羽は、素顔をさらした一刀に対してそれぞれの反応を見せる周囲を目にすることによって時間差で動揺した。
そして、代表するように公孫賛が口を開く。
「北郷……なにやってんだお前は」
呆れた口調で問いかける公孫賛に一刀は眉尻を下げ申し訳なさそうに答える。
「す、すまない。どうしても放っておけなくて……もちろん俺が勝手にしたことで、この三人に責任は一切ないんだ。本当に申し訳ない」
「またかそこまでとは……はぁ、お前は、本当に他人を放っておけないんだな」
ただ呆れ顔でそう告げただけの公孫賛に一刀は拍子抜けする。
「お、怒ってないのか?」
「はぁ……あのなぁ、お前のお人好しに対する呆れが大きすぎるだけだ。正直、怒る気にもなれないんだよ」
「は、はは……いやぁ、本当に面目ない」
何度目になるかわからない公孫賛のため息を聞きながら一刀は頭を掻いた。
「まぁ、それはいいとして。お前も自己紹介をしたらどうだ?」
「あぁ、そうだな。それじゃあ……俺は、北郷一刀。真名とか字は無い。一応、公孫賛の客将って扱いになってる。呼び方に関しては好きに呼んでくれていいから」
「はい、よろしくお願いしますね。北郷さん」
「よろしくお願いいたします。北郷殿」
「北郷のお兄ちゃん、よろしくなのだ!」
一刀の自己紹介に劉備三姉妹が笑顔で答えてくれた。そして、頃合いを見て公孫賛が口を開いた。
「そういえば桃香たちとも北郷を知っているようだったが……どうなんだ?」
「うん。実はね、私たちが困ってたときに助けてもらったの」
「なに、そうなのか?」
「うん、実はね――」
劉備が、先程街であった出来事を鮮明に語りだす。劉備が身振り手振りで話す姿を見ながら一刀は苦笑するしかなかった。
(なんだろう……あの娘の中で俺がすごい善人みたいになってる)
やたらと一刀の優しさを語る劉備を見ている公孫賛が一瞬ちらりと一刀を見やった。その視線から攻めるような感情が向けられている。一刀はそんな気がしたが公孫賛がすぐ劉備に視線を戻してしまったため結論を導き出すことは叶わなかった。
そして、劉備の話が終わると全員の視線が改めて一刀に向けられる。
「そのようなことがあったのですね。北郷殿……私からもお礼を言わせて頂きます」
関羽が一刀に向かって頭を下げた。良いことをしたという自覚のない一刀はそれがむずがゆかったので手を振って自分の言い分を述べる。
「や、やめてくれよ。あれだって元々の原因は俺にあるんだから」
「ふふ……北郷殿らしい言葉ですな」
「まったくだな。ところでだが、今の話を聞いて思ったんだがちょっと桃香に聞きたいことがあるんだが?」
「なにかな?」
「今の話だと、桃香たちは手持ちがないんだろ? なら、どうやってあれだけの人数を集めたんだ?」
「ん〜それはわたしも知らないんだよね。どうなの愛紗ちゃん?」
公孫賛に聞かれた劉備が関羽に顔を向ける。
「申し訳ありません。集めたのは北郷殿ですので」
そして、関羽が一刀の方を見る。それにつられるように視線が集まる。
「それじゃあ、北郷さん。どうやって集めたんですか?」
「い、言わないとだめか?」
「…………」
訊ねる一刀に、あまり興味のなさそうな張飛を除く四人の視線が注がれる。あまりに凝視されるので一刀はため息混じりに答える。
「はぁ……わかったよ。説明するよ」
「うむ、正直なのはよろしいことですぞ」
「そうだな。正直に話すのは良いことだな。そうだろ? 一刀」
「うむ、趙雲の言うとおりだな」
「うんうん、そうだねぇ……やっぱり正直がいいよね」
趙雲の言葉に、それぞれ同意するように頷いた。そして、まるで示し合わせたかのように四人揃って一刀を見る。つられるように張飛も一刀を見る。
微妙に顔を引き攣らせながら少女たちのやり取りを見ていた一刀はさて、と気持ちを切り替えると口を開く。
「実は俺の考えたことってすごく単純なことなんだよ。この街には俺と顔見知りの人については結構いる。だから、その人たちやその周りの人たちやら知り合いやらの中から現在仕事がなくて時間の空いてる人に集まってもらうよう頼んだんだ。ちなみに礼金は後払い制にしてな」
そこで一旦区切り、張り詰めた息を吐き出しながら一刀は五人の方を見る。それぞれ程度の差はあるが、どの目にも驚愕が秘められているのが伺えた。
「それで、その礼金については給金が入ったらすぐに渡す予定だ。ただ、後払いってだけじゃ向こうも納得できないだろうから手付けとして、ほんの少しだけど手持ちから渡して
おいたんだ」
続きも語り終えると、一刀はふぅっと息を全て出し切り肩の力を抜いた。
そして、改めて五人の様子を伺うのと同時に、呆然を顔に貼り付けたままの公孫賛が一刀に視線を向けたまま口を開いた。
「お、お前はどれだけ阿呆なんだ……」
そう言って公孫賛は頭を抱える。一刀はそれに何も言えずただ頬を指で掻いた。
「な、何故なのですか?」
「え?」
「何故、我々のためにそこまでしてくださったのですか?」
誰よりも驚いているのではないかというほどに目を見開いた関羽が迫るようにして質問を投げかけてくる。
そんな彼女を微笑ましく思いつつ一刀は答える。
「そりゃあ、女の子が困ってるんなら多少の無理をしてでも助けるのが男だからかな」
「そ、そんな理由で……」
「いやいや、さっきもそう言ったじゃないか」
「…………本当に貴方がどのような方なのかわからなくなりそうです」
ため息を吐きながら関羽は先程の公孫賛と同じように頭を抱えた。そして、未だ驚愕の感情を含んだ瞳で一刀が見据えた。
その様子に浮かべていた微笑を苦笑に変えながら一刀は開口する。
「あのさ……関羽には理解できないかもしれない。だけど、俺的には理由としてはそれだけで十分なんだよ」
内心でその言葉に「関羽と張飛を助けたいという思いもあったけどね」と付け加えて一刀は笑った。
二人を特別助けたいと思った理由――それは趙雲や公孫賛に対して抱いたものと同じであり、前の"外史"での大切な人であったというものだった。
「ふふ……関羽殿。いつもこうなのだよ、この御方は」
「なんと、それはまたすごいな」
「まぁ、なんといっても"天の御使い"なのだからな、ここまでお人好しなのも致し方ないのであろう」
「な、なんと!?」
「ええぇぇー!」
「そ、そうなのか!?」
趙雲の説明に、劉備三姉妹が三者三様の驚きを露わにした。
「て、天の御使いと言えば、あの管路の占いに出てくる例の?」
「そのとおり、この者が天より舞い降りたところに伯珪殿が居合わせてな。そのまま連れ帰り現在にいたるというわけなのだ」
「へぇ〜、すごいね白蓮ちゃん」
「いや、たまたまだって」
「しかし……天の御使いであられたのですか。ならば、この御方の行動も納得できるというものだな」
「うん、すごく優しいのも天の国の人って言われると納得できるね」
「も、もう、やめてくれ。恥ずかしすぎる。それと、天の御使いだなんて呼ばれてはいるけど、俺自身はたいしたことないんだぞ。だから、かしこまった態度はしないでくれよ」
床を転がってしまいたい程に恥ずかしくてしょうがない一刀は、三人へ頼み込むかのような言葉を投げかけ、それと同時に釘をさした。
「よかったなぁ、大人気じゃないか……」
気がつけば、狼狽しっぱなしの一刀を公孫賛が機嫌悪そうに見つめていた。
(な、なんでそんな睨むんだよ!)
悪いことはしてない……いや、警邏を途中で抜けるなどのことはしたが、と思いつつも一刀は公孫賛から視線を逸らしつつ別の話題を振る。
「そ、それよりこの人たちはどうするんだ?」
「そうだね。白蓮ちゃん、私たちはどうなるの?」
「……まったく。そうだな、私のとこには良い人材も少ないしいろいろ大変だからな。ぜひとも迎え入れさせてもらうとしよう」
「白蓮ちゃん、どうもありがとう」
「ありがとうございます。公孫賛殿」
「ありがとうなのだ。公孫賛のお姉ちゃん」
「こちらこそよろしく頼むぞ。それと、私のことは"白蓮"でいい。友人の友だ、それに二人とも力量も申し分なしのようだからな。真名を預けるに値するだろう」
「ありがとうございます、白蓮殿。それならば我が真名もお預けいたしましょう。我が真名は”愛紗”です。今後ともよろしくお願いいたします」
「ありがとうなのだ! 鈴々は、鈴々って言うのだ!」
「あぁ、わかった。二人ともよろしく。それと……いい機会だからな、趙雲。お前にも我が真名を預ける。今後もよろしく頼むぞ」
「えぇ、わかりました。私も白蓮殿に真名を預けるとしましょう。我が真名は”星”。今後ともよろしく頼みますぞ」
「あぁ。そ、それとだな、ほ、ほんぎょ……こほんっ、北郷も私の真名を呼びたいのなら……そ、その……よ、呼んでいいぞ……」
顔全体を真っ赤に染めつつ両腕をもじもじとこすり合わせながら、一刀を上目でちらりとのぞき見る公孫賛。あからさまな彼女の照れ具合に微笑みながら一刀は口を開く。
「あぁ、ぜひ呼ばせてもらうよ。ありがとう、"白蓮"」
「っ!?」
瞬間、沸騰したかのように湯気を発しながら公孫賛が硬直する。
動かなくなった公孫賛を妙だなと思いつつも、彼女が真名を預けてくれたが一刀は嬉しかった。また、そんな喜びと同時に少しでも早く公孫賛を支えることができるようになりたいとも今まで以上に思った。
先程の真名を預けてくれたことに対する礼、その中にそういった感情が伝わるよう真っ直ぐな気持ちを込めた。だが、その結果として公孫賛は硬直した。
彼女のそんな反応に一刀が首を傾げていると、凍り付いていた公孫賛が動き始めた。 何故か、今度は躰を縮こまらせて俯いてしまった。一刀は、ますます公孫賛の行動に含まれる意味が理解できなくなりそうだと思い肩を竦めた。
そんな一刀とは裏腹に劉備は一連の流れから何かを察したらしく、瞳を輝かせたまま公孫賛を見つめている。
「も、もしかして白蓮ちゃん……」
「わーわーわー! そ、そんなことないって」
「え〜、本当かなぁ?」
「本当だって、そんなことないんだって!」
「おや、私も劉備殿と同じ考えなのですが?」
必死に劉備の考えを否定しようとする公孫賛に趙雲が意見を述べる。
「だから、そんなことないんだよ!」
「え〜」
「いえ、明らかに……」
劉備の何かを悟ったような一言に始まり……気がつけば、劉備、公孫賛、趙雲の三人でよくわからない会話を続けている。
そのまま話に熱中する三人と内容がよくわからず聞き手に回っている関羽という構図ができあがっていた。
そんな中、張飛が一刀の元へと歩み寄っていく。
「お兄ちゃん」
「ん? どうした?」
「さっきは肉まん、どうもありがとうなのだ!」
「あぁ、あれは俺の詫びなんだから気にしなくていいのに。わざわざありがとうな」
ぺこりと頭を下げた張飛がかわいらしくて一刀は思わず彼女の頭を撫でてしまう。
「にゃ〜」
頭を撫でる一刀の手をくすぐったがりはするものの、張飛は自分の頭を滑るように動くその手をどけようとしたり、不快な表情を浮かべたりはしていない。そのことに安堵しつつ、一刀は彼女の頭をさらに撫で続ける。
張飛の短めの髪は二人の姉による手入れが行き届いているからなのか、はたまた本人の手入れの成果なのか、とてもさらさらとしている。
また、張飛の頭に沿うように動く一刀の手を邪魔することもなく非常に撫でやすい頭だと一刀は思った。
そして、しばらく張飛の頭を撫でていた一刀はその手触りの良さに心が和んでいた。張飛の方も一刀の手に撫でられている内に目を細め、まったりとしはじめる。
そんな、穏やかな雰囲気を纏う二人を他所に、公孫賛たちは先程と同じ内容の話を未だに続けていた。
劉備と趙雲の二人が公孫賛を追い込んでいるようだ。そして……
「そんなんじゃないったら、ないんだぁぁああ!」
顔を真っ赤にさせ躰をぷるぷると震わせている公孫賛のどこか必死さを感じさせる叫びが玉座の間に響き渡るのだった。
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